日記

超ホワイト企業を昨日退職~!一年間のブログの休止の理由と、退職に至った過程

HELLO、はるかに(@sun-crab)です。

昨日付で無職になりました!エイプリルフールじゃありません(笑)

この一年、ほぼブログを休止状態にしつつ復職を目指して色々やっておりましたが、結局は退職することになりました。

興味のある方は少ないと思いますが、自分の覚え書きとしてこの記事を残しておくことにします。

まあ私の勤めていたのは超ホワイト企業だったので、「ホワイト企業に勤務していても辞めちゃう人の心理や理由」なんかを知りたい人には需要があるかもしれませんね。

経緯があるので多少長いため、適宜飛ばし読みして下さい。

一年間ブログを稼動しつつ更新中止にしていた理由

まずはここが一つの退職理由の発端でした。

昨年の11月にずっと欲しかった商品が手に入って一度更新したのですが、私はほぼ記事を書いていなかったのです。

急に上がったPVと収益に大慌てした

ブログをやっておられる方の大半が「何でそれで慌てるんだ」と思われるでしょう。

私はこのブログを開始した時から、うつ病で休職状態でした。

会社の保険から休職をした場合の手当を受給していました。これは、「他に何らかの労働収入があれば受け取ることが出来ない」のです。

いやまあ当たり前なんですけどね、それがOKなら会社休んで他のところで働けちゃいますからね。

ブログの始まりはそういう方も多いようなのですが、あくまで「労働収入=依頼を受けたりして収入のために何かをすること」が基準になり「自分の趣味的な活動が収入になった」というものなら大丈夫!なのでご安心下さい。

会社側への説明や諸手続きがうつ病の症状できつかった

上記理由のため、ブログは特に問題ないことは理解していたのですが。

まあ会社側に対してはそういうわけにはいかない。

少なくとも私は、年間で数万円単位の収入上昇があれば税金の金額が変わるレベルの年収はありました。

まあ「給料」という項目は休職中のためゼロなのですが、保険料や税金は差し引かれていましたし社内の処理が不明なため、今これ以上記事の更新を続けて収益が上がると会社に色々言われるかも…?と不安になったのです。

他業種の企業はともかく、私の勤めていた金融系の会社は明確な理由を以て副業を禁止、もしくは許可制にしているところも多くあり、私の場合は許可制でした。

2019年4月はまだうつ病の症状が強かったこともあり、会社に上手い具合に説明することや、税金を別に徴収して貰う方法を調べたりするのも結構しんどかったため、一旦ブログの更新をやめようと思ったのです。

2019年も色々あったので(妹の結婚式にハワイに行ったりとか)、記事が書けなかったことは正直悔しいな~と思います。

夏以降に症状が急激に改善したため復職の話へ

6月の妹の結婚式が結構大きなターニングポイントだったこともありますが、8月を過ぎるとうつ病が一気に改善に向かいました。

ものすごく行きたくなかったのですが、「ハワイの気候はめちゃくちゃ良いから」と主治医の先生に勧められて行き、泳いだりしたことでかなり癒やされたのもあります。

8月に上司との面談で体調が悪化。異動願いを出す。

本当に調子が良かったにも関わらず、一気に悪化しました。

それまでは産業医や総務の方と話したりしてずいぶん調子も良かったのですが、直属の上司と話した後にガクーッ!っとなってぶっ倒れました。

しかし上司が大きなストレスの一因であることに気付いたので、主治医の先生に相談し、異動願いのための診断書を出して貰ったのですが、すぐに会社側に拒否されてしまいました。

それなりに大きな会社で人手不足の部署も多々あったはずなのですが、何故ダメなのだろうと、この時はショックでした。

思えばこの時に後々起こることの可能性に気付けば良かったのですが、台風が来ていたりしたせいもあって、「きっと気圧もあるし体のほうの不調だ」と思い込んで自分を誤魔化してしまったんだと思います。

趣味の創作活動を本格的に開始して元気になる

ブログを書けないのでずっと小説を書いてネット公開していたんですが、そこそこ人気も出て来て、ちょっと頑張りたいなーと思って、本当に久々に本を作ってイベントに出ることにしました。10年ぶりくらいです。

スケジューリングや費用の計画など、復職を考える上でも良い訓練になっていると思いましたし、これまで創作をやって来て「人生で一番本が売れたな!!」っていうくらい盛況で、本当にありがたかったです。

接客やお金の計算もバッチリ出来ましたし、「もう絶対に仕事が出来るはずだ」という大きな自信になりました。

転職活動をしてみる

元気になると色々と考えるもので、「他の会社も見てみたいな」と思うようになりました。

この頃から、「もう少し通いやすい、色々出来そうな仕事をしつつ、副業や投資で収入源を増やしたい」という人生計画のようなものが持ち上がって来たのです。

ただし所属会社・所属部署は超ホワイト企業。同じ職種でこれに勝る待遇の会社は「皆無!!!!」と思わず口に出るほどでした。

もう少しだけ勤務を続けて貯金や投資金額を増やし、副業の収益も成長させてから思いついたことを実行しよう、と先延ばしにすることにしたのです。

そういった経緯もあって、多少諦めの気持ちを抱えながら仕方なく復職しよう…という風になったのが2020年の年明けでした。

退職を決意した、運命の面談。

ここから不愉快な描写が続きますので、特にハラスメントに対するトラウマがある方はスルーして下さい。

結構何度も面談して来た末の、簡単な復職日の調整であるということで、ノコノコ手ぶらで行ってしまい後悔しています。

ボイレコ持って行けば良かった……

「復職日を決める」と呼び出された面談でハラスメントの嵐

産業医同席の元で再び上司と対面し、その時はものすごく冷静かつ理性的に激烈なバトルをしました。何であんな展開になったのか、今でも分かりません。

感情失禁もなく自分の意見を述べることも出来て、自分で密かに「おわー、私すっごく回復してる!すごい!!」と思いました。

なお内容は

・「そもそも仕事が出来てない(ミスが多かった、就業中に寝てた、そういうのは自分が悪いと思っていないのか)」

・「お前に与える仕事はない(もう人数も少なくなっているし、今の君に何が出来るのか、確実に出来ることを言ってくれ)」

・「こんなに休んでどの面下げて戻って来るつもりだ(「ほんとに戻って来るんですか」とみんなが言ってる)」

・「戻って来たら辞めさせてやる(まあどうしたって戻るって本人が言うなら会社は受け入れないといけないから)」

という()の中が実際に言われた言葉なのですが、明らかに受け入れるつもりはないのが丸分かりで、「わあ~★」って心の中で笑顔になりました。

仕事が出来なかったのはうつの病状のせいであり、ストレスチェックに引っかかってから就業中にずーーーーーーっとそれを相談していたのにそういうことも忘れているようでした。

そこはもちろん悪いと思ってます。あんたじゃなくて別のところに相談すれば良かったー、と。

あと「確実に出来ること」を聞かれたのも、休職前と現在ではやっている仕事内容が大きく変わっているとずっと言っていたのに、そういうことを言うわけです。

こっちは変わった仕事内容の説明なんか受けてなくて分からないわけですよ。それなのに「確実に自分が出来る仕事を述べよ」って。

与える仕事はない、お前に出来る仕事はない、という意味だってすぐ分かりました。

まあ「電話は確実に出来ますし、私はこれまでの職歴で教育1週間で覚えられなかった事務仕事はないのでどんなことでも確実に出来ると思います。」ってはっきり言ってやりました。

それに対して「電話口で客にキレられたりしたら困る」とかぐちゃぐちゃ言ってましたが、「これまでのコルセン経験でも接客経験でもそんなことは一度もないので安心して下さい」ってきっぱり言っておきました。

そしてそういうのを延々喋って調子に乗ったのか、最後に言い放たれた言葉。

 

「そもそも、うつなんて医者が作った現代病なんだ。

今の妊婦が辛いとか言うつわりも同じで昔はなかった。

金目当ての医者の言うこと信じて努力を怠るからそんなことで休むハメになる。

もっと知識をつけろ。本を読みなさい。」

 

でした。

私は心の中でブッフォォ!!!って盛大に吹き出した後に思いました。

「やっべえこの上司、超めちゃくちゃ無能じゃねーか!!!wwwww

令和2年にまだ昭和思考の人って残ってたんや!!!wwwww」

と。

本当に、その場で爆笑しなかった私を褒めて欲しいですよ。

帰り道で色々と考えたこと

バレンタイン時期だったので「イヤッホー!チョコいっぱい買って帰ろー!」と意気揚々と街に繰り出しました。

そう、全く気分の落ち込みもなくむしろ意気揚々でした。元気になったなあ、私。

結構な距離を歩いたため、思考がだんだん整理されていったのを覚えています。ヲタクは歩くと思考が活性化するのです。

まず、あの上司は例の格言(笑)を奥さんやお子さんにも言っていると自分で言っていたので、「老後に捨てられるんだろーなあ…」と哀れみを感じました。余裕が過ぎる。

そして、まあ私へのパワハラは慎重にオブラートに包んでいたのは分かりましたが、最後のはシックハラスメントとマタニティハラスメントに確実に該当するよなーと考えました。

ただし私への直接のハラスメントという感じでない発言であること、産業医も同席していたこと、というのが少し引っかかり、これまでのことを思い出す作業をしました。

すると、同僚の外国籍の方に対する差別じみた発言、同じく同僚の男性へは「仕事が出来なさ過ぎるから知的障害があるのではないか」等の発言、契約で入って来た若い子のことは「前歴が飲食店だと言っているが深夜勤務と言っているから水商売だ」との発言(深夜まで開いているカフェチェーン勤務だったと本人から聞きました)、などなど、こういったことを本人でなく私に言っていたということを思い出してしまったのです。

要は、あの上司は他人へのそういった差別的、偏見的な憶測の発言を他者にすることで、職場環境を悪くしていることに気付きました。

恐らく私のことも色んな人にゴチャゴチャ言っているでしょう、確実に。

本人のいないところで他人の悪口を振りまく女性はたくさん見て来ましたが、似たような感じですね………

結局、言われた方は自分のことでないから「ハラスメントを受けました」とは言いにくい、というのを利用して、自分の鬱憤を晴らしているのです。恐らく確信的に。

ぞっとしました。

その上司の悪辣さに、ではなく、私自身も恐らくは、長らくその「環境型ハラスメントの片棒を担がされていた」ことに。

そこで出て来た思考が、「まあまあでかい会社やし、将来、外資企業と提携でもしたら再教育ルーム行きやん……」というものだったことに、自分でちょっとおかしくなって笑いました。

そこで、その再教育ルーム(妄想)に入れられるであろう人が、その上司だけでないことに気付いて会社の将来に不安を感じました。

正直、上司の性格や特性を私は十分理解していて、言われた言葉もほとんど予想していたことでした。メンタル疾患に理解のないことも重々分かっていたのですが、何故あの場で「つわり」を同列に扱ったのでしょう?

私は結婚するとも出産するとも言ってませんが、まだどちらの可能性もある性別:女性です。

「つわりは昔はなかった」というよりは、女性の地位が低くて隠されたり記録に残っていないだけの可能性も昨今は指摘されています。

また、同席した産業医が何も言わなかったことや、これまでと違って産業医がいたにも関わらずあれだけ調子に乗ったのは、「もう自分が罰されないことを分かっている」という気がしたんですよね。

何を訴えても、何も変わらないのかもなーと思いました。

色んな人に「ハラスメントか?」を聞いてみた

まあしかし、全てが私の思い込みの可能性もあります。

世間ではあんな発言はハラスメントに該当しないのかも……と不安になったので、友人、家族、知り合いのおばちゃん、主治医の先生、カウンセリングの先生、行政の人(ハラスメント相談室の電話)…といった具合に、色んな人に聞いてみることにしました。

概ねの人が口を揃えて「いや、アウトでは?」と言いました。

唯一、ハラスメント相談室の人は「ハラスメント認定はしない」ので、言葉を慎重に選んでいたのですが、回答から「それは確実にアウト」的なニュアンスが伝わって来ました。

特に一番印象的だったのが主治医の先生で、いつも本当に穏やかであまり何かを強く勧めたりはしない人なのですが、それを言った瞬間、

「え?いやメンタル疾患への無理解はよく聞くけど、つわりを同列に扱ったの?何で?最低過ぎない?」

と言いましたし、私が「辞めようと思う」と言ったら、「うん、そんな最低な上司のいるとこは辞めて前向きにいこう」と言われました。

「最低」って2回も言った(笑)

しかし、私も引っかかっていたのは「つわり」の部分だったので、ちょっとスッキリしました。だよね、そこはほんと確実にアウトだよね、と思ったんですよね。

【結論】たぶん復職は出来るけど、辞めた方が良いな?

たぶん、私の思考がしっかり回復していたことですごく冷静になれたと思います。

言われた言葉を完全に無視して、どこ吹く風で戻ることは出来るだろうなーという、元々の良く切れるナイフみたいな攻撃的なメンタルが顔を出しもしました。

ですが、ここからの復職は確実に「ハラスメント裁判で金をとるための証拠集めの復職」になるであろうことは自分で容易に想像出来ました。きっと三桁はとれるって知り合いの社労士のおばちゃんにも言われました。

しかし、

「そんなおぞましい人生は例え数年でも送りたくね~な~!」

というのが、私の結論でした。

また、少なくとも副業の許可をその上司に求める必要があることにも抵抗が大きかったです。

今の時代、会社員でも副業は必須です。

昨今のコロナ禍でかなり浮き彫りになって来ていますが、「収入源を1つに頼ることの危険さ」が、政府が副業解禁の法律まで作ったにも関わらず、まだ一般に浸透していません。

しかし今の会社は金融であり、副業は許可制、しかもこの上司では「そんなもの、(どうせ少額なんだろうから)黙ってやっておけばいいだろう」と会社に話を通して貰えない可能性があります。いや、長年の経験から絶対にそうなります。

こっちはもう既にブログだけで年間の収益が数万になっており、休職手当がなくなればもっと積極的に色々とやって収益を上げるつもりもあり、書いた小説などを電子書籍で販売することも検討しています。

投資なども合わせてとなりますが、今のところ収入源を10以上作ろうとしている私の考え方が、「自称本をたくさん読んでる(笑)けど未だ完全に企業崇拝で企業頼りの昭和思考の上司」に、理解出来るはずもありません。

そして時を同じくして、「会社がなくなる」との通知が来ました。

親会社に買い上げられるそうです。

それで、「ああ、異動が拒否されたのもそれでかー」と思いました。

実は仕事もだいぶ減っているという話をちらりと聞いていて、「やばくないか?」と思っていたのですが、これからきっと人数を減らしていく方向になるんだと思います。

個人情報関連、準インフラ、また仕事の性質からそれなりに大手企業にも関わらず未だにテレワークも導入出来ておらず、今のコロナ禍でも大変なのではないでしょうか。

そこで気付きました。

ちょッ、私のブログ始めた時の予想ちょっと当たってる!!?

ここで、「今の転職がきく年齢のうちに逃げよう」と思いました。

制度的には良い会社ではありました。

ここまで割と色々言って来ましたが、基本的には良い会社でした。

制度は本当に整っていましたし、給料も仕事内容にしてみれば良かったです。

ただ、産休や休職の制度があっても実際に使えているのは「これが自分の当然の権利」と主張出来るような気の強い方ばかりではありましたし、積極的に調べに行かないと色んな制度があることも分からない、という部分はありました。

私はそういった「自分に得になる制度」を色々調べてガンガン利用しており、そういったことも上司には気に食わなかったのかもしれません。

基本的に銀行の天下りの人しか一定の役職以上にはなれないため出世は出来ないので、30歳くらいまで目的のためのお金を稼ぐには良かったんだと思います。

賢い新卒の子は留学したり結婚したりして辞めていきましたし、強い女性はどんどん子どもを産んで産休をとって祝い金を貰っていました。

私もこれからは御社の株主ですwww

新しい世界が見たいという気持ち

この怒濤の半年の中、私の中でも考え方に色んな変化が起こりました。

数年前は「正社員」にすごくこだわっていましたが、今は収入源が複数あれば会社勤めは短時間の契約社員や派遣でWワークが可能なところで良いと考えています。

また、結婚ももうするつもりはなかったのですが、婚活もアプリとか使うの面白そうだなーと考え始めました。

積極的に結婚をしたいというわけではありませんし(結構最低なこと言ってますが)、正直年齢的にはもはや成功は危ういのですが、10年後になって「やっぱ若いうちに何かやっとけば良かったかなー」と思うのが嫌なので、ちょっと興味が出て来たのです。

今はコロナ禍真っ最中のため、正直転職活動もロクに出来ませんが、その分、色々な可能性を探りながら収入源を増やしていってみようと思います。

とりあえず面接などは出来ないし、ユニバもチケットとってたんですが今年はダメになっちゃったので、ちょっと暗い気分だしイライラもしてる感じで、気分を明るくしたいので今日は髪をミルクティー色にしてやりますよ(笑)

以上、はるかに(@sun-crab)でした!

ここまでお読み頂いて、ありがとうございました!